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a flood of circle


a flood of circleは表面上、とても変化の多いバンドという印象を持たれることが多いかもしれない。しかし、今回取材をし、広島では久々となったワンマンライブを見て、このバンドは10年間いつでも未来に対して迷いなどしなかったのだと思い知った。佐々木亮介がこのバンドを組んだ時点で既に、a flood of circleには確固としたロックンロールスピリットが根付いていたのだろう。その精神そのものがバンドの意思となり、どんな風が吹く日にも彼らに、今日に続く選択をさせてきたのだと思えてならない。彼らのライブには、潜在しているそういう精神性がしっかりと映し出され、男気のあるかっこ良さとして私達の眼に映るのではないだろうか。

佐々木亮介が、多くの事件を乗り越えながらも10年間続けてこられた理由、これからのことを話してくれた。

Interview:Miyaco

―まず率直に、この10年は長かったですか?短かったですか?

短かったですね。自分達のウィキペディアを見るとすごく長くて、こんなにいろいろあったかなって思うんですけど(笑)。そう思うと10年間濃かったし毎年何か事件があったし。やってる時はそれを無我夢中で乗り越えてきたんですけど、今となっては早かったなって感じます。

―いろいろな事件があったと仰いましたが、今振り返ってこれは重要だったなっていうことは、何がありますか?

やっぱり1番は最初の失踪事件じゃないですかね。僕達、2009年3月に大学を卒業して4月にメジャーデビューをしたんです、大学のうちにCDも出してたしフジロックにも出ていたので、周りからは順風満帆だと思われてたんですね。だけどそのあとすぐ、7月にメンバーの失踪事件があって。それがツアーファイナルの2日前だったんですね。あのツアーファイナルを、失踪を理由にキャンセルしていたら、今ここには居ない気がしますね。あの時「やろう」って決めてやり切れたので、それが大きかったと思います。

―その時、迷いはなかったですか?

スキル的には自信はなかったですけどね。10代の頃からずっと一緒にやってたメンバーだったので、そこから1人抜けちゃうとかなりボロボロな演奏だったとは思うんですけど。気合が入っちゃったんですよね、どうにかしてやろうって。その時、どうにかしようっていう気持ちで動けたのが良かったんだと思います。あの時辞めなかったから、その後何が起こっても辞める理由にならないという感じはあります。

―いろんな事件があって、心が折れそうになることはなかったですか?

心が折れそうになるのは、バンドのことじゃなくて、自分が作曲モードにグッと入り込んでいる時の方が多いですね。大げさな世界観を表現しようとしてるわけじゃなくて、自分の目に見えてる世界を描くんですけど、作曲してる時は自分との闘いなので心が折れるというか負のモードに入ることが多いですね。バンドっていいなって思うんですよね、人とやれてるといい空気が作れるし、自分もそうしたいって思うんです。人を巻き込んで負のモードに入りたいと思うことはないので、僕はそれがブルースとかロックンロールの好きなところです。

―なるほど。制作でグッと入り込む時期もあるけど、ライブなどを人と一緒に作り上げていく中でモチベーションはキープされていくっていう感じですか?

モチベーションというか…モチベーションをキープしなきゃっていう気持ちは無くて。やりたいことばっかりなんですよ、作りたい曲とかやってみたいライブとか、それが全てかな。やりたいことをやって突き抜けたいっていう感じ。その中で、もっと動員を増やして大きなステージでライブをやった時に書ける曲があるんじゃないかって思ってる、だから売れたいって思う。例えば、1万人の景色を見たら書ける曲があるんじゃないかって思うんですよ。そういうワクワクがあるんですよね。作りたいものとかチャレンジしたいことがたくさんあるんです。

―常に先に対してワクワクした気持ちがある、それが続いてきた10年間ということでしょうか。

そうですね。いつも現状に満足できないんですよね。10周年って言ってますけど、集大成という感じや達成感はないんです。今ついてきてくれてるお客さんにももっといいものを聴かせたいって思います。

―いろいろな事件がありながらもここまで続けてこられた理由が聞けて嬉しいです。

メンバーが抜けるってなるとどうしても悲壮感が出ちゃうんですよね。バンドっていうものが好きな人は、メンバーが1人変わるとバンドがガラッと変わるっていうのもわかっているから。でも、さっきも言ったように、作りたいものがあると「またやろう」って思えるんですよね。今はそれをわかってくれる人たちが集まってるから、最新のメンバーがベストのメンバーだと思ってるし、それがベストの作品だと思ってます。そう言わなきゃいけないって思ってるわけじゃなくて、本気でそう思えてるんですよね。

―このバンド名でずっと続いてきてるところにも意志を感じます。今回ベストアルバム『THE BLUE』をリリースされましたが、10周年という節目で何かメモリアルなことをやろうっていうアイデアはもともとあったんですか?

そうですね。去年、「次の年は何をやろうか」って考えた時に10周年を軸にしてもいいのかな、と。それでロンドンへ行こうとかベスト盤を出そうとか言ってたら全部叶いました。

―シングル曲を集めたベスト盤というものとは異なると思うのですが、どういう風にチョイスされた曲たちなのか教えてもらえますか?

今回はDisc1だけの通常盤と3枚組の初回盤を作りました。とにかく入り口にしたかったんですよね。毎年リリースをしてきて、20代のうちに持ち曲が100曲超えちゃったんです。先のことばっかり考えてきてたんだけど、(今までの)曲をもっと聴いてほしいなっていう想いが強くなったのもあって。ライブを見て、どのCDを買ったらいいかわかんないっていう声も多かったんで、10周年を節目に新しい入り口を作っておきたいって思ったんですよね。通常盤はMV作った曲やリード曲をわかりやすく並べてます。Disc2とDisc3の入ってる限定盤は、ちょっとマニアックなものにしていて、アルバムに入ってない曲を録り直したり、弾き語りを入れたりしました。

―なるほど。これまでのファンも楽しめるし、入門にもOKっていうことですね。

そうですね、そういうものにしたかったし、初めての方にも是非これを機に聴いてもらいたいです。

―3枚に分かれてるのもそういう意図があってのことなんですね。

そうですね、コンセプトを持って3枚にしてます。オリジナル作品としては、前回のアルバムから次の作品まで時間を空けたかったんです。これまで1年おきに作ってきたので次は腰を据えてじっくり作ろうと思ってて。でもリリースが空くのはつまらないし、ツアーに行くならリリースしたい、ということでベスト盤を出そうということになりました。

―そうなんですね。今回は「青」がとてもキーになってるような気がしたんですが、何か理由はありますか?

今回、自分達で事務所を作ったんです、そこを「青」っていう名前にしていて。それが始まりで、ベスト盤も『THE BLUE』っていう名前したんですけど。ナベちゃん(Dr.渡邊一丘)とは10年やってきてるんで、ナベちゃんとの青春時代っていう意味もあります。今日のイベント(トランクマーケットでの弾き語りライブ)でSEとしてThe Beatlesの"Revolution"を流したんですけど、あの曲は青盤に入ってるんですよ。僕が最初に買ったCDがそれだったので僕の中でベスト盤といえば青でしょっていうのがあったんです。

―そうだったんですね。それからもうひとつ大きなトピックとして、初めての海外ツアーがあったと思いますが、海外ツアーをやろうと思ったきっかけはありますか?

10周年っていうのが大きかったかもしれないですね。この節目にやりたいことやろうっていう盛り上がりがバンドの中にあって、海外で試してみてもいいんじゃないかっていう話も出て。お金も時間もかかるけど勇気を出してやってみて、新しいものを見つけて、いいものを作って帰ってこよう、と。僕は子供の頃ロンドンに住んでたんですけど、10周年でいろいろ振り返る意味でもロンドンが良いんじゃないかと思って決めました。

―海外でやってみたいっていう気持ちはもともとあったんですか?

そうですね。でも前は、どうやって進出するかっていうことをあまり具体的に考えてなかったんですね。フジロックに出た時にJack Whiteにメールアドレスを渡すとか、グラストンベリーに音源を送るとか、突飛で無理やりなことしかやってなくて(笑)、現地に乗り込むっていう一番大事なことをやってなかったなと思って、これを機会に。

―実際にやってみられてどうでしたか?

どこの国の人間かっていうのはあまり関係ないなって思えたのは良かったですね。音楽が好きな人が集まって同じ空気を共有できた実感があって嬉しかったです。片言の英語で喋るより日本語でMCした方がウケたりもして面白かったです。僕が日本語で歌ってるのも、母国語だから仕方がないというよりは、日本語の響きがかっこいいと思ってるからなんです。ロンドンに住んでた時は、横文字ばかりに囲まれていたせいか日本語の方がかっこいいと思う自分がいて。今回の(ロンドンでの)レコーディングも、なるべく日本語の響きを活かそうと思ってやってました。現地のエンジニアにやってもらったんですけど、世界的にクオリティーの高いものを作られている方で、その方に日本語をぶつけるっていうのが面白くて。そこはMick JaggerやAdeleがレコーディングに使ったスタジオなんですけど、「ここで歌った人の中で一番声がでかい」って言われて嬉しかったですね。とてもいい曲ができました、そのエンジニアさんが「日本のバンドをなめてた」って言ってくれたんです。今年は、6月までは10周年振り返りイヤーにして、下半期はa flood of circleの新しい未来を見せたいと思ってて、そのためにロンドンに種を蒔いてきた感じなので、新曲も楽しみにしてて欲しいです。

―確実に爪痕が残せている感じがしますね。また海外へ行きたいと思いますか?

行きたいし、行く計画をなんとなく立ててます。

―そうなんですね。今後a flood of circleはどうしていきたか、考えていることは何かありますか?

とりあえず死ぬまで音楽をやりたいです。THE ROLLING STONESみたいに何歳になっても走り回ってたいし、45歳の頃にこうなっていたい、みたいな理想のミュージシャン像は自分の中にありますね。バンドの一番近い目標としては武道館でやることですね。やっぱり大きいところでやったときに出来る新曲を、どうしても自分で聴きたいんですよね。だから、いつでもどこでもライブハウスをパンパンにしたいっていうわかりやすい野望も持ってます。自分達にできる新しいロックンロールって何なんだろうって常に考えているので、そういう部分は昔から変わってないかもしれないです。だけど、大きいところでやりたいっていう気持ちは、前よりもはっきりと持ってますね。

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